読者諸賢の皆々様、ご無沙汰しております。猫ジャーナルでございます。久々の更新となりましたがみなさんお変わりないでしょうか。生成AI動画との格闘に見切りを付け、取材記事中心にしようと一方的に舵を切った次第でありまして、更新頻度は下がりますものの、引き続き猫と猫を愛する人のために、猫とともにはたらく人々のエピソードを届けて参る所存です。
過去の人脈を存分に利活用した復帰戦第一幕は、 『ウラオモテヤマネコ』『猫のミーラ』『せかいねこのひ』、そして祖父江慎氏がブックデザインを手がけた『猫の悪口』など、猫をテーマにした独自の世界観を持つ作品を発表し続けている、作家・井上奈奈さんに共に暮らす猫のお話をうかがいました。
人生で何回もの引っ越しを重ね、年に何度も海外を旅をしてきた井上さんは「ずっと旅をしながら生きてきた」と語ります。その井上さんが、「家に帰りたい」と思うようになったきっかけは、一匹の猫でした。「猫」と「錨」は似ている——そう語る井上さんに、白色に包まれた彼女のアトリエで猫との暮らし、猫と創作について話をうかがいました。
はじまりは「ぞう」の絵本から

−−初めてお会いしたときは、デザイナーの井上さんでしたね。
井上:初めてお会いしたはときは、デザイナーとして仕事をしながら、画家としても活動をしていました。それから少したって、絵本を出すきっかけがあり、今は作家として本を作ることを生業にしています。
−−最初の絵本『さいごのぞう』を描かれたきっかけを教えてください。
井上:その頃、私はトラとゾウを中心に絶滅危惧種の動物を保護活動を行うNPO「JTEFトラ・ゾウ保護基金」で、デザインやアートの領域でお手伝いをしていました。
NPOの方から、「『保護しましょう』と声高に訴えるのではなく、心の奥深いところに私たちの訴えを届けるには、どうしたらいいんだろう」と相談を受けて、「絵本はどうですか?」って提案したんです。それが『さいごのぞう』(2014年)です。
絵本のラフ本をNPOの理事長さんたちに見せたら「すぐに作りたい」という話になり、知り合いの出版社さんへ話を通して、絵本作りが始まりました。

−−その次が『ウラオモテヤマネコ』でしたね。これが最初の猫の絵本。ちなみに猫と井上さんとの関わりは?
井上:私が初めて猫と一緒に暮らしたのはアメリカでした。学生時代のホームステイ先に、毛足の長い猫が2匹いて、その他にもヤギとかブタとか。動物がいっぱいいたんです。そのときは、そこまで愛情が沸くこともなかったですけどね。初めて、自分の猫として受け入れたのが「カノン」と名付けた猫でした。その子はちょうど『ウラオモテヤマネコ』を作っているときに迎えました。
−−この本を作ることになったきっかけは?
井上:『さいごのぞう』を一緒に作ったNPO「JTEFトラ・ゾウ保護基金」がイリオモテヤマネコの保護も始められて、そのとき、イリオモテヤマネコが発見されてちょうど50周年だったんですね。それで、次はイリオモテヤマネコの絵本を作ろうという話になりました。
私、子供の頃から、動物文学者で児童文学者の戸川幸夫さん(1912年~2004年。戸川氏の入手した標本がイリオモテヤマネコ発見の契機となる)の本を読んで育ったから、イリオモテヤマネコにすごく興味があったんです。『ウラオモテヤマネコ』を描いている途中で、NPOの理事長が戸川幸夫さんの娘さんだと知って、これはもう運命だと感じました。
カノンとの出会いと別れ、キリグとの暮らし

−−カノンとは出会ったのは、どんなきっかけだったんですか?
井上:建築家の友人が、静岡のパン屋さんで保護している猫の里親募集をリツイートしていて、その姿に一目惚れしてしまいました。そのとき、猫を飼うために引っ越したばかりだったんです。「どうやって迎えようか」って考えてるときにそのツイートが流れてきたから、もうこれは渡りに船というか、運命だと思って静岡へ会いに行きました。
黒猫だと聞いていたんだけど、実際会ってみると、グレーと茶色の間みたいなすごい変わった色。すぐメロメロになりました。やんちゃでかわいくて。
猫と一緒に住むようになって、自分自身がすごく変わりました。これまで何回も引っ越しを重ね、転々としながら、ずっと旅をしているような感覚で生きてきました。旅は今でも好きですけど、旅行に行っても猫のことばかり気になっちゃって。お留守番させるのがかわいそうというよりも、猫に会えない状況に私が耐えられなくなっちゃって。自分が変化したなと感じます。
猫と暮らし始めてから「自分の家に帰ってくる」という感覚が強くなりました。
−−分かります。見返りを求めない愛情というか……。
井上:純粋無垢な愛情を持ったのはカノンが初めてかもしれない。人間に対して抱いたことのないものですね。好きな人とか、友人とかに対しても愛情を持って接している気持ちはあるけれど、それとはちょっと毛色が違いますよね。だけれど、カノンは生後半年くらいのときに迎えて、7歳で急に亡くなってしまったんです。
−−その後、カノンと同じ、胸にダイヤの柄がある猫を迎えたのが2019年。

井上:その子を「キリグ」と名付けました。このアトリエに初めてキリを連れてきた日のことは、いまだによく覚えてます。リフォーム工事の途中で、家具もほとんどなかったし、キリグもめちゃくちゃ不安だったのでしょう。
絵本作りと建築との共通項

−−井上さんの絵本の作り方は、毎回試行錯誤されているのですか?それとも決まった道筋があるイメージでしょうか。
井上:まず文章・ストーリーができあがったら、ラフ本を製作した上で、お付き合いのある出版社に見せて、一緒に作り始めるという順番で進みます。
絵画作品だと、展示をして、誰かがその絵を購入してしまったら、その絵と作者はもう一生会うことがなかったりします。その点、本は完成してからがスタート。私は学生時代に建築を専攻していたのですが、その点が「建築」と「本」は似ているように感じています。他者と協力しながら作っていく過程や、素材選びが大切なこと、立体であること。そして、完成してから作品の命が始まるところも重なります。1冊目、2冊目と制作していくうちに、「本というフィールドで、建築をやっていきたい」思うようになりました。
−−ストーリーというか、読者が歩く動線ができている状態なんですね。間取り図みたいな位置づけ?
井上:そう、間取り図というよりも、設計図ですね。物語は書こうと思っても、書けないんですよ。初めのフレーズが頭に浮かんで、ぼんやりと描きたい世界が見えてきたら、一気に書き上げることができます。ただ、初めのフレーズが出てくるまでの期間はとっても長いです。初めの頃は、出版社との繋がりもほとんどなかったから、本を作りたいと思っても、刊行してくれる出版社を探すのが大変でした。
今では「次の新作は、うちで出してください」といっていただくことが増えましたが、やっぱり「書いて」と依頼されて書こうとしても、出てこないのは相変わらずです。どうしても書かなきゃならないという切実さがないと、私は作品にはできないみたいです。

−−ストーリーができあがるプロセスは、どんなイメージですか。例えば、たまって膨らんでいくようなイメージなのか、それともフッと出てきたものを引っ張っていたら出てくるような感じなのか……。
井上:後者の方が近いかな。
最初のフレーズが決まったら、いろんな引き出しが開いていくような感じで、一気に書き進めます。最初のフレーズとかイメージがそのまま採用されることが多いですね。細かな微調整は、編集者さんと一緒にやっていきますが、自分のなかの引き出しにあったもので最初から最後まで書いてしまいます。
−−井上さん自身の体験と、ひも付いている部分は多いですか?
井上:物語のきっかけはやはり自身の体験と紐付いていることが多いです。だけどすべてが本当に起こったことを書いているわけではありません。体験をいかに物語として、読者に届く形に昇華するかを大切にしています。
「猫」を題材とした絵本が多いですが、これは単に一番身近な生き物が「猫」だからでしょう。もとから猫の物語を書こうとして取り組んでいるわけではなくて、気が付いたら「猫の物語になっていた」という感覚が近いです。
キリグとの“共犯”で作り上げた「一番軽やか」な『猫の悪口』

−−その意味では、『猫の悪口』はちょっと毛色が違う立ち位置ですよね。
井上:『猫の悪口』は、キリグの日常そのままを描いた作品です。この本は、これまでの作品の中で「一番軽やかな本」になったなと思っています。祖父江慎さんにブックデザインを依頼したのも、自分にとっては異質な本だったから、“異質な人”にお願いをしたいなっていう気持ちが強かったからです。
−−祖父江さんには、どういう経緯で依頼されたのですか。
井上:初めてお目にかかったのは、2023年。「造本装幀コンクール」の受賞式でした。偶然、祖父江さんも同じコンクールで別の賞を受賞されて。みんなかしこまって賞状を受け取りに行くのに、そのときの祖父江さん、どんなだったと思います? スキップを踏みながら行かれたんですよ。そのかわいい後ろ姿に、会場が笑いに包まれて。「おじさんの姿をした妖精だ!」って、私も心を射抜かれちゃって。いつか一緒にお仕事できればと思いました。
その直後に、『猫の悪口』の企画が持ちあがり、この本を祖父江さんにお願いしよう!と思いました。
もともと『猫の悪口』は、私が文章を担当し、絵は別の方に描いてもらう予定でした。編集者が祖父江さんに装幀の依頼に伺った時に、そのラフ本をお渡ししたら「(ブックデザインを)やるよ。でも、絵は自分で描いたほうがいいね」と言われたそうです。
−−井上さんの絵は祖父江さんもご存じだったんですね。
井上:そう。「絶対、自分で描くべきだよ」と。当初の絵を描いてもらった方には話が覆ってしまい申し訳なかったのですが、最終的に出版社の意見もあって、私が絵も文章も担当することになりました。
装幀も元々は、ペーパーバックのような安価で簡易な本を作るイメージだったんですが、祖父江さんが加わって話が進むうちに、ありとあらゆる可能性が広がり、なおかつ誰も止めない(笑)。それを受け入れてくれる出版社さんだったおかげですね。丸々一年を掛けて完成しました。
−−この本にはいろいろな造本的なギミックが凝らされていますよね。作り手として難しかったところはありましたか?

井上:「枕折り」になっている部分があって、閉じているときも開いたときも、絵が成立するようになっています。絵と絵を組み合わせて、別の物語が繋がるように作るのが、自分のなかではすごく難しくて。
例えば、このページだと山の稜線が、開いたときにはテレビ画面の枠になるように描いています。閉じているとき開いたときの両立を実現しつつ、全体としても破綻のないように構成していくのが大変でした。単純な絵なんだけど、いろいろ考えながら進めました。今までの絵本で一番、描くのは難易度が高かったかもしれません。でもおもしろかったです。
初めに造本の仕様が決まって、そこに物語を落とし込んでいく、という制作の流れも初めてでした。
−−敷地が決まっていて、そこに合わせて設計するみたいなものですね。
井上:そう、建築と一緒だなって。しかも不整形地でね(笑)。
猫がいるから、そこが帰るべきところになる

−−キリグから見た、井上さんってどんな人だと思います?
井上:「しょうがないやつ」だと感じていると思います。私が世話をしているのではなく、キリグに世話をしてもらってる感覚あります。眠るときは毎晩、腕枕で寝てくれて。ぬくもりが恋しくなったら寄ってきて、「なでろ」って要求して。昼間はよく、へそ天で、大の字で寝ています。
−−反対に、井上さんから見たキリグは?
井上:親のようでもあり、息子のようでもあり、一緒に本を作る“共犯者”でもある。画家のフリーダ・カーロにとってのディエゴ・リベラのような感覚が一番近いですね。フリーダは、「ディエゴは始まりであり、私の子であり、恋人であり、画家であり、夫であり……私でもあり、宇宙だ」と表現しています。すべての側面を持っているし、どのようにも変化する。そこが、私から見たキリグへのイメージと重なります。
例えば、風邪でダウンした日、もし一人だったら、何もできなかっただけの一日になるかもしれないけど、キリグがいてくれるだけで、キリグと過ごした一日になる。ずっと一緒に居られたねって思えると、すべてプラスに変わっていく。それがすごいなって思います。
−−井上さんにとって、キリグはどんな存在ですか。
井上:「錨(いかり)」かな。キリグがいるところが母港という感覚です。旅行で離ればなれになっているときとか、毎日テレパシーで抱き締めてます。猫と暮らす以前は、旅は長ければ長いほどいいと思っていました。渋滞さえも「家に帰らなくていい時間が延びる」ってワクワクしてたくらい。
守るべき存在がいると、こんなに変わるものかと、自分のことながら不思議です。錨と猫って文字のかたちも似てるでしょう。キリグが、私を帰るべきところに繋ぎとめてくれるんだと思います。

今年の2月にご実家の猫でバズった話に触れる暇もなく、取材時間はあっという間に過ぎました。井上さんと猫のキリグが暮らす部屋は、白く静かで、確かに帰りを誰かが待っている「港」の空気があったのであります。
井上さんの言葉を借りるなら、私たちは皆、それぞれの「錨」を持って生きている。誰かの帰りを待つ猫がいるだけで、人はその場所に帰りたくなる——猫と暮らす者は皆、とりどりのシッポを揺らす錨を持っている。いや、錨に待たれながら生きているのであります。そんなことを思いながら、二匹の猫が待っている(はず)の、家路に向かったのでありました。
猫と暮らす皆々様におかれましては、それぞれの錨を抱きしめながら、よき夜をお過ごしください。次回のインタビューもどうぞご期待くださいませ。
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