皆様ご存じの通り、猫は足早な生き物です。寝床にいたはずなのに、カリカリの袋が「ガサッ」と音を立てたら、もう足元にいたり。新しい猫じゃらしが届いた瞬間から何かを察知して、開けるが早いか右へ左へ猛ダッシュしたり。そういう生活がずっと続くかと思っていたら、人間よりも早く虹の橋を渡ったり。
猫の年齢を日本人の平均寿命を元に換算すると4倍だとか5倍だとかいいますが、頭では分かっていても猫とともに暮らす皆々様には、私も含めてしっくりこない方も多かろうと思います。猫の15歳は75歳くらいでおじいちゃんおばあちゃんだけど15歳は15歳じゃ。ティーンネージャーじゃけん。でもやっぱり足早です。
猫との別れがもたらすのは、後悔です。ああしておけばよかった、あれをしてあげればよかった、との思いは避けられません。どんなに猫に尽くしても尽くしても、9回無安打無得点無走者後悔ゼロの完全試合は達成できないのです。
では、どうすればいいのか。人間に換算したら猫の時間は4倍だ、5倍だというのであれば、流れゆく時間ばかり早回しにしなくてもいいはずです。1分遊べば4〜5分、10分遊べば40〜50分、1時間一緒に過ごせば4〜5時間一緒だったことになるはずです。側にいる時間に加えて、猫のために時間を使えば、倍率ドン!さらに倍!メソッドで何倍にも猫の一生おける時間の占有率は高められるのであります。
手芸作家でもある越膳夕香さんの『猫と暮らす手づくり帖』は、爪とぎネズミにけりぐるみ、ベッドにテントにハンモック、キャリーにカラーに術後服まで、猫の暮らしをサポートするアイテムの作り方と型紙がセットで紹介された一冊です。
本書では、病気療養に役立つ手作りアイテムも数多く載っています。企画の元となったのは、越膳さんの愛猫・ミケコの闘病でした。
18歳のある日、闘病生活が始まりました。近づく別れのときを覚悟しつつ、不安と恐怖を払拭するようにせっせとミシンを踏んでは通院グッズを縫いました。
『猫と暮らす 手づくり帖 おもちゃ・キャリー・ケアグッズ』カバーそで より
手術後に用いた腹巻き、待合で過ごすとき用のスリング、ミケコがずっと愛用していた毛布とブランケットと枕。ミケコの闘病生活をサポートし心を安らげた手作りアイテムは、後に越膳さんの心にポッカリと空いた穴を埋めることにもなるのです。
もちろんしばらく喪失感は続きましたが想像していたよりも早く抜け出せたのは精一杯やりきったと感じられたからかなと思います。そしてまた、ミケコのことを思い出しながらこの本を作る作業が、私にとっては救いの時間になりました。
『猫と暮らす 手づくり帖 おもちゃ・キャリー・ケアグッズ』カバーそで より
手を動かしていると、余計なことに気を取らずに済みます。猫じゃらしを作りながら、あのモーラみたいなやつはイマイチだったな、白いボンボンのついたリボン状のじゃらしにビニール袋を縛り付けたらずっと飽きないな、とか、ねずみを作りながら、子猫のころに買ったねずみのオモチャは気に入りすぎて噛み噛みしまくって原型を留めなかったな、とか、これから作る物にまつわる記憶が浮かんでくるのであります。
そうこうしているうちにできあがった手作りアイテムは、もしかしたら気まぐれで繊細な猫のお気に召さないかもしれません。でも、手作りした時間、猫を思った時間は減じることはありません。再び試行錯誤しながら作れば、猫に使う時間は倍プッシュ。猫が喜んで使ってくれたら倍々プッシュ。その蓄積はお別れのあとに何物にも代えがたい思い出となって手元に残るのです。
手作りしていたのはアイテムだけではなく、猫との暮らしそのものであり、猫との思い出であり、最愛の猫に尽くした自らへの矜持なのであります。『猫と暮らす 手づくり帖』と題されたのも、猫との暮らしは、猫とともに天より与えられるものではなく飼い主が手ずから作るものであり、さればこそ、悲しき別れの後の暮らしも作れるものだと伝えているのではないのかと感じられるのであります。
別れの後の暮らしが長くなり、時が悲しみを癒やしてくれたころ、足早だったはずの猫がいつの間にかどこに去ることもなく三途の川の彼岸でちょこんと前脚を揃えて、人間がのこのことやってくるのをずっとずっと待ってくれているのに気が付くのであります。
[『猫と暮らす 手づくり帖 おもちゃ・キャリー・ケアグッズ』/エクスナレッジ]
- ダンボールのテープを切りたいそのときに、リアルな猫の手借りて解決 - 2024年11月21日
- 猫型の後ろ姿のキーケース、猫後頭部の手触りも再現 - 2024年11月20日
- 吾輩の足にもあの柄欲しいから、キジトラ子猫靴下を盗む - 2024年11月19日