「猫と一緒にはたらける職場」。猫ジャーナル読者諸兄にとっては、自ずと頬がゆるむ話題かと思われます。皆様の耳目を集める”猫職場”への取材で、読者に猫分を補給とともに、猫とはたらく職場が生まれた経緯やハウツーを知る、そして猫と歩む人生のヒントが見つかることを願いつつ、話を聞きに参った次第であります。
第1回目は、ねとらぼの記事で注目を集め、海外はフランスや中国のメディアからも取材を受ける、猫職場界隈では著名な会社の一つ「ファーレイ株式会社」へお邪魔して参りました。場所は靖国通りから路地を一本入った、都営新宿線・曙橋駅から徒歩で約1分という駅近オフィスです。お話を伺ったのは、代表取締役の福田さん(写真右)と、広報担当の伊藤さんであります。
「創業の年以来、猫がオフィスにいなかった時期がない」
同社の創業は2000年。大学院を卒業した福田さんが、仲間とともに起業したのが始まりです。複数の不動産情報ポータルサイトに、賃貸・売買物件情報を出稿するコンバートシステムなどを手がけたことをきっかけとして、現在でも不動産会社向けのシステムを中心に、システム開発を事業として行っています。猫がオフィスに来るようになったのも、設立の年。保護した飼い猫をオフィスに連れて行きたいと当時の社員から相談を受け、福田さんは快諾。そこから、ファーレイの猫オフィスとしての歴史は幕を開けました。猫の名は「炒飯(チャーハン)」でありました。
「当時は、会社といえども起業直後で、雰囲気もゆるかったので『連れてきちゃいなよ』という感じでした。炒飯は、子猫と言うには少し大きくなっていたかな。初めて来たときのことはあまり覚えていませんが、当時のオフィスのフローリングを引っかいちゃったことは印象に残っています。炒飯がオフィスの床を走って、フローリングの境目のところに、爪が引っかかって、ペリッと裂けちゃったんです。それが結構、大きくめくれたのを覚えています」(福田さん)
炒飯は創業から10年目(2009年)ごろまで、ファーレイのオフィスに通う猫として過ごしました。その年までは、オフィスにいた猫は炒飯1匹でしたが、福田さんはその年に、2匹の猫を東京都動物愛護相談センターから引き取ります。ファーレイ猫の2匹目、3匹目となった「V(ヴィー)」と「うめ」。ファーレイ公式Twitterのアカウント名「@v_ume」の由来にもなっています。しかしその直後、炒飯は14歳で亡くなります。
2009年の春にVとうめの2匹が来てから、約半年後、「ペコ」がオフィスに来るようになり、これで3匹体制に。その約2年後の2011年ごろに「ブラン」、「バン」、「昆布巻(こぶまき)」の3匹が加入。ブランとバンは社員の方が、昆布巻は福田さんが里親として引き取った保護猫たちです。そして、3年前の2014年には人間の新入社員が入社。その方が、黒猫を引き取って会社に連れてくるようになり、7匹目。そして2016年、広報担当の伊藤さんの友人が勤務する動物病院で、避妊のために入院したメス猫がすでに妊娠していると判明。その猫が産んだ子猫の1匹を、伊藤さんが引き取り、ファーレイのオフィスに8匹目の猫として加わることになりました。つまり、創業直後から現在に至るまで「オフィスに猫がいなかったことがない」のです。
現在は、合計8匹の猫が飼い主である社員さんとともに過ごす、ファーレイのオフィス。取材時は1匹の猫が体調不良のため自宅待機とのことで、7匹が同社の2つのオフィス(同じビルの2階と3階)に在室中でした。社員数が増えたのにともない、オフィスを拡張したのを活用して、上のフロアにオス猫、下のフロアにメス猫と分けているのだそうです。理由は「メス猫を見ると、目の色が変わって襲いかかってしまうオス猫がいるので、喧嘩を避けるため」とのことでした。
また、社員が飼うすべての猫がオフィスに来ているわけではありません。紹介した猫とは別に、“会社に連れてこない猫”を飼っている社員もいます。オフィスに来る猫たちに共通するのは「ファーレイに入社したあとに飼い始めた、保護猫」という点です。他メディアでの取材でもよく取り上げられる、社員に対する「月額5000円の猫手当」も、保護団体や施設から引き取った猫を飼っていることを条件としています。現在は、保護猫以外を飼っている社員がいないため、すべての猫飼い主社員に支給しているそうです。
猫たちは「毎日、会社に行くものだと思っている」
猫と暮らす者として気になっていましたのが「猫の出社」であります。犬のようにリードを付けてお散歩のように…とは行きませんので(お散歩好きの猫もゼロではないですが)、どうやって連れてきているのか、と伺いました。その回答は、ほとんどの社員は会社の徒歩圏内に自宅があるため、猫たちは一般的なリュック型のキャリーケースに入って出社するとのこと。唯一、電車通勤をされているのが、広報の伊藤さん。その同伴出社方法はと言いますと、同社ではフレックスタイム制を導入しているため、出勤ラッシュのピーク時を避けて、空いた電車で座って通勤ができるのだそうです。雨対策も、キャリーが濡れないように傘をさしたり、タオルをかけたりする程度で済むのだとか。
猫たちは外出を怖がるのかどうかと伺ったところ、「猫たちは、毎日会社に行くものだ、と思ってるようだ」と、福田さんは言います。時間になるとキャリーに自ら入ってくる猫たち。とはいえ、キャリーや自宅・会社の外は怖いようで、オフィスの外へ自ら逃げ出すことはないそうです。通勤も、オフィスで飼い主さんと一緒に過ごすのも、猫たちの日課になっているのであります。福田さんは3匹の猫と出社するために、3つのキャリーケースを縦に重ね、キャリーカートに据え付けたお手製の立体駐車タワー型猫運搬装置を利用していました。
転職して、同社に入社した伊藤さんは、猫同伴出社のビフォーアフターについて、こう語ってくれました。
「3年前に転職でファーレイに入社してから、初めて猫を飼いはじめました。猫がいることで、前の会社と比べて、社員同士のコミュニケーションがスムーズだと感じます。会社に来るのが楽しくなった、というのが以前とは一番違いますね。あと、社員みんなが平等に、タバコ休憩ならぬ”猫休憩”がとれること。猫に触れる時間があることで、すごく癒やされると言うか、気が紛れます。オフィスに来る猫たちも、他の猫や人がいる場所に慣れていて、会社の人と人とをつなぐ役割を担っています。猫自身は、気ままに過ごしているだけなのかもしれませんが、猫としての”仕事”をしてくれていますね」
目下の課題は、「ペット可」のオフィス物件探し
社員数の増加にともなって、近々オフィスの移転を考えているという福田さん。ところが、そこには大きな障壁があります。オフィス物件には「ペット可」の物件が皆無なのです。現在のオフィスに猫を連れて行けるのは、大家と直接交渉ができたためでした。
「今の物件もペット可、と明示された物件ではなかったのです。ビルの上の階に、大家さんの住居があるのですが、そういうタイプの事務所じゃないと難しいでしょうね。テナントがたくさん入ったオフィスビルや、1階が飲食店の物件、また、エレベーターで他のフロアの人もたくさん乗り合わせるというビルだと、猫を連れて出社するのは、なかなか難しいと思います。物件探しのハードルはかなり高いです」(福田さん)
環境の面で、猫のためにこだわったところは「土足厳禁」。土足のエリアを猫が歩くようにしてしまうと、家に帰ったあと、汚れた肉球で家のなかを歩くことになってしまうため、オフィスは靴を脱いで過ごすようにしています。また、人間に対する環境的な配慮として、絨毯では猫の毛がたまってしまうため、掃除がしやすいよう、打ち合わせスペースの床をフローリングに変えたとのこと。
社内に常駐する猫のために、12時と19時の1日2回は、オフィス内でのご飯タイム。猫社員の腹時計は正確で、1分たりとも遅れることはまかり成らんとの圧力が激しいとのこと。それぞれの食べる量を把握して個別に盛り付ける役目は、基本的には手の空いた人がやるそうですが、社歴が浅い人が担当することが多く、新人さんへ最初に与えられる仕事の一つになっています。この2回の猫ご飯の費用は、会社が負担しています。
猫好きの人に、猫とはたらける環境を提供することで、より多くの保護につなげる
猫とともにはたらくこと、約17年。猫のいるオフィスとして注目を集めるようになったのは、2015年のねとらぼの記事がきっかけでした。それによって変わったことを尋ねると「求人の応募数」との回答が。応募数は、注目される前の10倍以上にも上り、会社説明会には猫好きの人ばかりが集まるようになりました。「うちのような小さな会社は、求人広告を出しても他社の求人に埋もれてしまいます。猫のいるオフィスとして注目されたことで、これまで接点を持てなかった優秀な人たちに、ファーレイのことを知ってもらえるようになりました」と、福田さんは言います。また、テレビでファーレイを知った広告代理店の担当者から、「一緒に仕事をしたい」と直接メールが届いたことで、猫がきっかけで新しい仕事につながったケースもありました。
しかし、福田さんは「猫を飼うことで会社が潤うとか、優秀な人が来るとか言うのは結果であって、それを狙っているわけではありません」と言います。猫と一緒にはたらけるオフィスを続けている理由は、1匹でも多くの猫を保護したいという気持ちからだと、語ってくれました。
「1人で保護できる数には限界があるので、会社組織をうまく利用して、猫好きの人に猫とはたらける環境を提供することで、どんどん保護してほしい、というのが目的です。『オフィスで猫を飼う』のが目的でもありません。保護したいという気持ちから、方法として会社を利用しているのです。猫を連れて行ける会社が増えるよりは、1匹でも多く保護してほしいのです。小さなころから動物が好きで、ほぼ途切れることなく猫も犬も実家で飼っていました。毎年何万匹も殺処分されている現状は、どう考えてもおかしな話だと思います。その事実を小さなころに知った体験があって『命って大事だよね』と、そう思い続けていたところに、起業したばかりの会社の社員が猫を迎えるというきっかけがあったことで、今につながっています。求人欄にも『動物に対する優しい心を持っている人を募集』と書いていますので、うちの会社に来てくれている社員も、『保護したい』という考えに共鳴して、来てくれています。ただ『猫がかわいい』というだけ社員に来ている人は、多分いないと思います」
福田さんと伊藤さんのお話から、猫とはたらく職場が生まれた経緯と、猫のかわいさに目がくらみ、見失ってしまいがちな、その奥にある目的をうかがい知ることができたように思います。お忙しいなか、お時間を頂戴ししましたことを改めてお礼申し上げます。
「他のペット同伴オフィスでは、その問題をどうクリアしているのか知りたい」というお話もありましたので、猫ジャーナルとしては、他社事例も積極的に取材して参る所存です。取材打診が届きましたら、何卒ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
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